女優、歌手として活躍する吉永小百合さん。
今回は、吉永小百合さんと夫・岡田太郎さんの馴れ初めや子供がいない理由について調査していきます!
吉永小百合と岡田太郎の馴れ初めから結婚まで
1973年に15歳年上の岡田太郎さんと結婚した吉永小百合さん。
1969年頃まで俳優の渡哲也さんと真剣交際していたわけですが、4年後には岡田太郎さんと結婚しています。
2人がどのようにして結婚する流れとなったのか詳しくみていきましょう。
馴れ初め
1970年代、渡哲也さんとの破局で心に傷を負った吉永小百合さんは、1人でヨーロッパへ旅行に行くなど心の傷が癒えない日々が続いていました。
旅行から帰っても休む暇なく仕事が続き、ついには精神的なダメージから声が出なくなってしまいます…
そんな時、吉永小百合さんに優しく声をかけてくれたのが岡田太郎さんでした!
岡田太郎さんは吉永小百合さんのために様々な治療法を探し、効果がありそうなものを進めていたといいます。
しかし、過密なスケジュールをこなす吉永小百合さんに休みはなく…
そんな時、岡田太郎さんが
”休めないのなら、今できることを精一杯やれば見てくれる人はきっと分かってくれるよ”
と、吉永小百合さんを励ましました。
この言葉に救われた吉永小百合さんは、親身になって考えてくれる岡田太郎さんにどんどん惹かれ、交際に発展したといいます。
吉永小百合から求婚!?
交際後、人目に触れないようにしてデートを重ねてきた吉永小百合さんと岡田太郎さん。
吉永小百合さんは次第に結婚したいという気持ちが強くなっていきました。
しかし、岡田太郎さんはすでに離婚歴があり、あまり乗り気ではなかったといいます。
吉永小百合さんが結婚を迫るも、
”結婚は大変だよ。女優は独身が有利だからこのままの関係がいい”
と、結婚に対して前向きではなかったそうです。
さらに、吉永小百合さんの父親も結婚に反対しており、15歳年が離れていることや離婚歴があったことに納得いってなかったとか…
結局、吉永小百合さんは両親の反対を押し切って岡田太郎さんに結婚を迫り、1973年に結婚に至りました。
結婚式は岡田太郎さんの同期・千秋与四夫さんの自宅で行われたそうです。
1年間専業主婦として
結婚して新たな人生を歩み始めた吉永小百合さんは、1年間だけ女優業を休み、専業主婦として生活しています。
2019年10月5日放送の『サワコの部屋』に出演した際に、当時の心境を語っていました。
精神的に辛い状況で、もう一度人間らしい生活をしたいと思った。
家庭だけのことをやって、奥様家業に専念しよう。
こうして専業主婦として生活することを選んだ吉永小百合さんですが、料理が得意でなかったことから料理学校に通い始め、ダシの取り方や魚の三枚おろしを習うなど、ひたすら家庭のことに専念したといいます。
そんな吉永小百合さんの手料理が大好きで、岡田太郎さん自身もたまに料理を振る舞ったりと現在も良好な関係が続いているようです。
後に、岡田太郎さんと結婚した理由について『両親と決別する目的で結婚した』と明かしていますが、結果的に岡田太郎さんと幸せに暮らしているので良かったのではないでしょうか…
吉永小百合に子供がいない意外な理由とは?
吉永小百合さんに子供がいない理由について調査しました。
以前、吉永小百合さんは2018年公開映画『北の桜守』の取材で、
”映画と一緒に自然に年を重ねていけたらいい。映画たちは私の子供です。”
と、コメントを残していました。
しかし、実際には吉永小百合さんの両親が関係しているのではないかと言われています。
吉永小百合さんの両親は吉永小百合さんを溺愛し、度が超えた執着や束縛があったといいます。
このようなトラウマを持つ吉永小百合さんは、過去にこんな発言もしていました。
”ほら、わたし両親と関係がよくないでしょ?だから、わたしもその血を引いていると思うと、子供は作らないことにしたんです”
ここまで心配するほど、吉永小百合さんは両親のことで苦しい思いをしてきたのでしょう。
真実は定かでありませんが、結婚した理由でも『両親と決別する目的』と明かしていたことから、やはり両親との拗れた関係が子供を作らない理由なのでしょうか…
吉永小百合・岡田太郎のプロフィール
吉永小百合さんと岡田太郎さんのプロフィールをそれぞれご紹介します。
吉永小百合プロフィール
本名:岡田 小百合
生年月日:1945年3月13日
出身地:東京都渋谷区
身長 155 cm
血液型:O型
職業:女優 / 歌手 / ナレーター
ジャンル:映画 / テレビドラマ / CM
活動期間:1957年 –
事務所:吉永小百合連絡事務所
1960年代を代表する人気映画女優の吉永小百合さん。
10年間で約70本以上の映画に出演した経歴を持ち、歌手としてはこれまで数多くのレコードを世に送り出してきました。
そんな吉永小百合さんは、1957年小学校6年生の時にラジオ東京の連続ラジオドラマ『赤胴鈴之助』でデビューを果たし、10月にはラジオ東京制作のテレビドラマ『赤胴鈴之助』でテレビデビューを果たしました。
2年後の1959年には松竹映画『朝を呼ぶ口笛』で映画デビューを果たし、その後も順調にキャリアを積み上げてきました。
まさに日本の看板女優ですね♩
岡田太郎プロフィール
名前:岡田 太郎(おかだ たろう)
生年月日:1930年7月20日
出身地:東京
岡田太郎さんは、昭和後期から平成時代にかけてテレビプロデューサーをしていました。
文化放送をへて昭和34年フジテレビに入社し、独自の演出技法が評価されるとともに「アップの太郎」と呼ばれていたそうです。
また、『日日の背信』などの昼のメロドラマや『時代劇スペシャル』などを手がけた経歴を持ちます。
その後、岡田太郎さんは共同テレビ社長に就任しました。
仕事も出来て吉永小百合さんの心まで射止めた岡田太郎さんの人物像が、なんとなく浮かんで来ましたね♩
まとめ
今回は、吉永小百合さんと夫・岡田太郎の馴れ初めや子供がいない理由についてまとめてみました。
吉永小百合さんが弱っている時期に支えてくれたのが今の夫・岡田太郎さんだったようですね。
両親とのトラウマから子供は作らなかったようですが、それでも岡田太郎さんと2人幸せに暮らしているようです。